「死にたい・・」という言葉は『疲れた』の最大級バージョン

死にたい・・

 

本心でそう思ってるわけじゃないのに、

 

ふとした瞬間、そんな言葉がポロっとこぼれる時があります。

 

「死にたい」という言葉を紐解くと

 

その答えは

 

『疲れた』の最大級バージョン。

 

「疲れた」という言葉では足りないくらい疲れたとき、人は無意識に「死にたい」と言ってしまうものなのです。

 

スイッチを押すきっかけ

死にたいという人に

 

『死にたいヤツは死ねばいい』

 

なんて簡単に言ってしまう人がいます。

 

本人に向かって、言葉の意味を深く考えず、感情的にそう言ってしまう人がいます。

 

疲れた時、死にたいと言ってしまった時・・

 

他人からの心無い言葉が、

 

死に向かうスイッチを押してしまったりするわけです。

 

白線をまたぐか、またがないか

私はこれまで

 

自殺未遂の現場に2回遭遇しました。

 

発見し通報し、私が人生で初めて救急車に乗ったのはその時です。

 

「死にたいと思ったことのない人なんていない」

 

私はいつもそう思っていました。

 

けれども、心のどこかで

 

『本当に死ぬ人なんて、自分とは縁の無い人』

 

そんな風に思っていたのかもしれません。

 

だから、身近な人が自ら死を選ぼうとしたとき、自分の中に何か動くものを感じました。

 

「死にたいという考えから

本当の死を選ぶときは、

 

白線をまたぐか

またがないかくらい

一瞬の選択なのかもしれない」と。

 

遺産整理業務の裏側

これは私が金融機関で遺産整理業務を担当していた頃の話です。

 

ご遺族に対し、こちらから死因について聞くことはありませんが、

 

近所の方や関係者の方から、自然と情報は漏れてしまうもの。

 

『自殺だった』という方も、珍しくはありませんでした。

 

働き盛りの30代から

70を過ぎた方まで

 

心の悩みは時代や年齢に関係なく

いつだって私たちの生活と

隣り合わせなのだと感じました。

 

天気の良い穏やかな日に

「死にたい・・」

 

そんな事を誰かに言うと、

 

『そんなこと簡単に言うなよ』

 

なんて怒られたりします。

 

『生きてればいいことあるよ』

 

なんて励まされたりします。

 

「死にたい・・」という考えが頭をよぎってしまうあなたは、

 

最大級に疲れているんです。

 

心も体も・・きっと疲れているんです。

 

本当に嫌になって

終わりにしてしまおうか迷ったら、

 

とりあえず、

天気の良い日を待ってみてください。

 

良く晴れた日に空を見上げると

なんとなく、生きててもいいかなって

思えたりします。

 

人は誰でも、生きるか死ぬかの際どいところで生きています。

 

だからこそ、

小さな希望にすがりながら生きるのも

悪くないと思うのです。

→いねこコーチング

 

 
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